ごあいさつ

今世紀は生命科学の時代とも言われますが、実際、華やかな研究の成果が次々と報道されています。地球の誕生後8億年足らずという、ある意味では驚くほど速やかに誕生した生命は、爾来40億年近くにわたって、基本はほとんど変えることなく複雑さと多様性とを増しながら、あらゆる天変地異を乗り越えて続いてきました。その結果として、今日われわれが見る生命の世界は、物理量としては微々たる物であるにもかかわらず、余りに複雑であり、われわれの知識は余りに限られているという感慨に打たれます。

にもかかわらず、環境問題という言葉を耳目にしない日はないほどに、われわれの惑星は深刻な状況に置かれています。われわれは何処に行こうとしているのか、われわれに未来はあるのかという漠とした不安を抱えて生きている現代人にとって、生きているというのはどういうことであるのかその基本を理解して、生命系全体の存続に思いをいたす智の力を持つことこそが、生命科学リテラシーであろうかと思います。このような立場から、本報告では生命科学を「生物世界の成り立ち」、「ヒトという生物の特異な営み」、「生命の倫理」という観点から切り分けてみました。

40年余りにわたって、己を知るということを目指して、余り省みられることのない「奇妙な」動物達の研究を続けてまいりましたが、無知を知らされることのみ多い日々を重ねて研究生活を終えねばならなくなりそうです。そのような身に、「科学技術の智」プロジェクトの生命科学専門部会をまとめるよう仰せつかったときには、文字通りに途方にくれたものでしたが、委員諸氏の熱意と献身に支えられて、曲がりなりにも現時点での報告書をまとめることができました。本報告は、委員諸氏が部会などにおける討論の結果を踏まえて分担執筆したものを、私の責任においてまとめたものです。

 

本報告が読者諸氏に多少ともお役に立つことを願うとともに、忌憚のないご批判をいただけるものと期待しております。

 

2008年弥生

生命科学専門部会委員長 星 元紀