第5章 まとめ 心豊かに生きるために -生命科学の立場から-

言うまでもなくヒトは生物であり、その成り立ちの多くは他の生物、特に動物と共通する点が多く、ヒト自身を理解するためにも生命科学の基礎的な知識は欠くことができない。同時に、数千万とも数億とも言われる現生生物種のなかにあって、ヒトは極めて特異な存在であり、その特異さは脳の発達がもたらしたものである。

再三述べたように、生命の世界は物理量としては微々たる物に過ぎないが、極めて多様かつ複雑な世界である。また、38億年にわたって絶えることなく続いてきた驚くほどに頑丈なシステムでもある。生命というシステムの頑丈さは、分子から生命系全体にわたるあらゆるレベルで、脆弱で儚い構成要素を次々と更新し再生産し続けることによってもたらされる頑丈さである。個々人としての、また種としの存在を維持するためにも、生物としての己の持つ逞しさと儚さとを正しく理解する必要があろう。

ヒトの異常な増殖と飽くことのない恐るべき消費・浪費の性癖とが生命系というシステムを根底から破壊しかねない状況をもたらしている。脳の発達がもたらしたこのような傾向に、知性の力を持って歯止めをかけない限り、心豊かに生きるどころか、生存を続けることすら危ういことになろう。人口問題は人類が直面している食糧問題、エネルギー問題、環境問題などの根幹である。この問題の解決なしに、ヒトの未来は無いのではないか。戦争・飢餓・疾病によって人口を減らすことはできる。事実、地球の一部では不幸にもそのようなことが現実となっている。しかし、これらは余りにおぞましい、非人間的な解決策である。ヒトは自身をいみじくもHomo sapiensと自称しているが、人類が真にその名に値するか否かの正念場に差し掛かりつつあるというのは余りに悲観的に過ぎるだろうか。英知を結集して広い意味での生命「倫理」を構築することなしには、種として直面している危機を乗り越えることは難しかろう。そのような生命「倫理」の前提としても、生命科学のリテラシーは要求されているのである。