2.1 多様な生物世界

新春ごとに初詣客で溢れかえる明治神宮は見事な森で囲まれているが、この森は人工的に作られたもので、造成開始以来百年足らずの若い森である。しかも、温帯地方の世界でも有数の大都会の中にある。しかしこの森に一歩入り込めば、片足の下には7万5千匹の線虫を筆頭に、多くの土壌動物がいることが知られている。さらにバクテリアなどの微生物の種類と数を考えれば、この森が如何に複雑な成り立ちをしているか想像に難くない。まして、熱帯雨林などではどれほど多様かつ多数の生物が生存しているか、この一事だけからでも推し量られよう。

現在、地球表層には生命が満ち満ちており、およそ生命の痕跡もないかのように思われるサハラ砂漠表面の砂1グラムの中にも、百万匹のバクテリアが見られるという。進化の歴史を通じて生命の世界は極めて多様にして複雑になっており、現在では数千万種あるいは数億種が互いに複雑に絡み合って生きていると推定されている。生物学者がこれまでに命名したものは170万種程度に過ぎず、生物学者といえども現存する生物の大部分については全く知らない。にもかかわらず「生物」学が成り立つのは、知られている限りの生物は単系統(祖先をたどればすべての生物は共通の祖先に由来する)で、その基本は変わらないからである。例えば、遺伝情報の流れや、そのとき用いられている遺伝暗号は、バクテリアから植物やわれわれに到るまで基本的に同じである。生物は非常に多様であるが一様でもあり、一様にして多様な存在である。すべての生物は「生命の詩」という単一の音楽を、それぞれの種に固有な変奏曲として奏でていると表現できよう。