2.2 生命の歴史

現在の地球上には多様な生物が生息している。一見するとどれもみなまるで異なる生物のように見えるが、詳しく調べていくと、様々な共通性を備えていることが分かってくる。これらの生物はどうやって誕生したのだろうか。この謎に迫ったのが、イギリスの自然史学者チャールズ・ダーウィン(1809~1882)だった。地球上の生物は遠い過去の共通祖先から枝分かれするように進化することで多様化してきた。これが、ダーウィンが出した結論だった。現代の生物学も、この考え方を支持している。

 

2.2.1 生命の起源

地球が生まれたのは今からおよそ46億年前。やがてそこに原始の海が出現し、生命体が出現する準備が整いだした。

海底には、硫化水素やメタン、水素などを含む熱水が噴出する熱水噴出孔がある。特に深海のそうした熱水噴出孔の周辺では、様々な化学反応が起こったと思われる。その一つとして、単純な有機物から核酸分子が生成され、それが何個も結合することでリボ核酸(RNA)という物質が生まれた。RNAはタンパク質を生成する能力を備えており、自分を複製して増殖する自己複製能力を備えた物質だった。

現在の地球に棲むすべての生物はデオキシリボ核酸(DNA)を遺伝物質としており、基本的な遺伝暗号も共通している。DNA以外にも、RNAを初めとして様々な物質が生成されては消えていったと思われるが、少なくともこの事実から、現在の生物は、ほぼ間違いなく共通の祖先から進化してきたことが分かる。結果としてRNAではなくDNAが遺伝物質となっているのは、RNAは構造的に不安定な物質であるのに対し、2本の鎖ががっちりと組み合わさったような構造をしているDNAは構造が安定しているため(RNAは1本鎖)、遺伝物質の座を安定な2本鎖のDNAに取って代わられたものと思われる。ただしRNAは、今もDNAの情報をタンパク質に翻訳する上で重要な役割を担っている。

過去の生物も現在の生物も、遺伝情報(DNA)をコピー(複製)して受け渡すことで増殖してきた。DNAのコピーは、核酸分子の化学的特異性と特殊な酵素の働きにより、正確に繰り返される。しかし、コピーの過程でたまには偶然のミスが生じることもある。大半のミスは有害なため、コピーの失敗として存続しないが、たまにはそのまま受け渡される、有害ではないミスもある。そのようにして実現したDNA配列の多様化が進化の源となってきた。

単純な遺伝物質は細胞を形成することで生物へと進化した。最古の生物の痕跡はグリーンランドの約38億年前の岩石から、最古の生物化石はオーストラリアの約35億年前の岩石から見つかっている。その生物は、核膜も細胞小器官ももたない微小な原核生物である。

そもそも原始地球には、海水中にも大気中にも、自由酸素がほとんどなかった。当初は、硫化水素など、酸素以外の物質を呼吸に利用し、酸素を嫌う(嫌気性)バクテリアが主流だった。そうした状況を変えたのは、およそ27億年前に出現した、光をエネルギーに変えて酸素を放出する(光合成を行う)ラン藻類(シアノバクテリア)の出現だった。光合成によって放出された酸素は海水中に行き渡り、海水中の酸素濃度が高くなったことにより、エネルギー効率のよい好気性生物が進化する道が拓かれた。

細胞中に細胞小器官を持つ真核生物の最古の化石は、アメリカの約21億年前の岩石から見つかっている藻類のものである。真核生物は、原核生物どうしの共生によって起源したと考えられている。ミトコンドリアや葉緑体、鞭毛などは、もともと自由生活をしていた原始細菌だったと言われている。ミトコンドリアは、今でも独自のDNAを備えている。われわれの細胞内には、原始的なバクテリアが住みついているという言い方もできよう。

 

2.2.2 生物の多様化

真核生物からは植物や菌類、単細胞動物などを進化させる系統が分かれていった。やがてそれぞれの系統からは多細胞生物が進化した。約6億年前の先カンブリア時代末には、確実に多細胞生物と分かる生物が進化していた。その時期の世界各地の地層からは、エディアカラ動物群と呼ばれる多種多様な大型多細胞動物化石が見つかっている。エディアカラ動物群は、硬い殻を持たない扁平な動物群で、その生態は謎に包まれている。しかも、カンブリア紀を迎える直前に、すべて絶滅してしまった。

カンブリア紀になると、硬い殻を持つ多種多様な大型動物が爆発的に進化した。この出来事は、「カンブリア紀の爆発」と呼ばれている。その中には捕食者も含まれており、奇妙な形態や、泳ぐための鰭や脚を持つ動物が数多く進化した。しかも、現生する動物の門(動物という大グループを分けるいちばん大きなサブグループ)は、この時期にほぼすべて出そろったと考えられている。ヒトが属する脊索動物(門)の祖先も出現していた。

それから数千万年後のオルドビス紀中期には、原始的な魚類が進化した。ヤツメウナギの祖先にあたるグループである。このグループには、口はあるが開閉できるあごがなかった。シルル紀になるとあごを持つ魚も進化し、やがて現在の大半の魚が属している硬骨魚類とサメやエイなどが属する軟骨魚類が進化した。

 

2.2.3 陸上への進出

ラン藻や藻類などの光合成生物が大量の酸素を放出したことで海水中の酸素が飽和すると、大気中にも酸素が放出され、大気圏上層にはオゾン層が形成された。今から4億5000万年ほど前、オルドビス紀のことである。オゾン層には、生物にとって有害な紫外線をカットする働きがある。したがって、オゾン層がない時代には、生物は陸上で生きていくことができなかった。紫外線を吸収する水中でしか生きていけなかったのである。オゾン層の形成により、生物は陸上への進出が可能となった[1]

最初に上陸したのは植物だった。約4億4000万年前のシルル紀の地層からは、植物体の姿を残す最古の化石が見つかっている。

デボン紀になると多様な植物が進化した。トクサやシダ、種子植物などである。シダやトクサからなる最初の森林も出現した。クモ、ダニ、ムカデ、昆虫など陸生の節足動物も進化した。約3億7000万年前には、肺魚やシーラカンスの祖先にあたる魚類のグループから原始的な両生類が進化した。

石炭紀は、その時代に繁茂していた森林の化石が石炭層を形成したことから、石炭紀と呼ばれている。当時の大陸低緯度地域は温暖湿潤な気候に恵まれ、巨大なシダ類などの森林が茂り、巨大なヤスデや空を飛ぶ大型昆虫なども進化していた。

 

2.2.4 進化のコースを変えた大量絶滅

古生代最後の時代ペルム紀中期末から後期にかけて2回の大量絶滅が起こり、三葉虫など動物種の80~95%が絶滅したと考えられている。海中では固着動物や底生動物の多くが絶滅し、陸上でも両生類、爬虫類、昆虫の多くが絶滅した。原因は不明だが、大規模な地殻変動に伴う気候急変、海水中の酸素濃度激減などの事実が知られている。

中生代の海中には、ウニ、ヒトデ、巻き貝のほか、遊泳能力に優れた魚やアンモナイトが登場した。陸上では、古生代末の大量絶滅を生き残った爬虫類が多様な種類を進化させた。恐竜と哺乳類も、三畳紀後期にほぼ同時に出現した。

恐竜は、大型の種類を進化させたが、哺乳類は主に夜行性の小型種しか進化させられなかった。ジュラ紀には、二足歩行をする小型の恐竜から鳥類が進化した。

陸上では小型から大型の恐竜や翼竜、海中では大型爬虫類やアンモナイトなどが繁栄していたが、それら中生代の陸、空、海を代表する動物を絶滅させた大量絶滅が、今から6500万年前に起きた。その引き金を引いたのは、北アメリカのユカタン半島に衝突した巨大な隕石だったとする説が有力である。衝撃によって巻き上がった大量の粉塵が太陽光をさえぎり、地球全体が寒冷化する一方で、光合成をする植物の多くが死滅し、それを基盤とする食物連鎖が大打撃を受けたのだ[2]

植物は、ソテツやイチョウ、針葉樹など様々な裸子植物が進化した。被子植物もジュラ紀末に進化し、白亜紀に様々な種類を進化させた。

 

2.2.5 被子植物と哺乳類の多様化

新生代に入ると、衰退し始めた裸子植物に代わり、多様な被子植物が進化した。白亜紀末の大量絶滅を生き延びた哺乳類、鳥類、昆虫なども、急速に多様化した。

哺乳類は、絶滅した恐竜やその他の爬虫類が占めていた生態的地位(役割)を埋めるように急速な進化を遂げ、1500万年ほどの間に、現在の主なグループがほぼすべて登場した。第四紀には氷期と間氷期がくり返された。その結果、生息地の分断化が起こり、生物種の移動や隔離による新種の形成が進んだ。約500万~700万年前には、アフリカで、人類の系統が起った。

表1 地質年代

 

2.2.6 進化の仕組み

生命の進化を概観してきたが、時代とともに生物の種類が増え、複雑で、大きな体をした種類も増えてきたのはどのような仕組みによるものなのだろうか。それは、生物の体はどうやってできるかということと深く関係している。

カエルや魚、ニワトリの卵などを見て分かるように、ほとんどの動物の体は1個の卵から発達する。イヌやネコや人間も、母親の子宮の中で1個の卵から発生が始まる。

1個の卵から複雑な体ができるのは、卵の細胞の中にDNAという設計図が組み込まれているからである。その設計図にしたがって細胞が分裂し、器官が形成されていく。体づくりの設計図は、動物の種類ごとに異なっている。同じことは植物でも言える。

35億年以上前に登場したバクテリアの設計図はとても単純だった。ところが、前述したように、設計図をコピーして子どもに伝えているうちに、ときどき、コピーの失敗が起こる。

たまに、使える失敗コピーが出現する。新しい設計図をもらった子どもは、親とはちょっと違う種類になる。そうやって新しく生まれた種類の生物にとって最大の問題は、暮らしていける環境があるかどうかである。あるいは、同じ種類の子どもたちの間にも、少しずつ、遺伝的な違いがある。それは、雄の精子と雌の卵子が受精することで子どもがつくられる有性生殖では、子どもは両親の遺伝物質を半分ずつもらうだけでなく、それぞれの両親からどの遺伝物質をもらうかも、そのつどほぼ偶然によって決まるからである。つまり、子どもごとに、両親からもらう遺伝物質の組み合わせが異なるのだ。

そのような違いを持つ子どもの中のどの子どもが無事に成長して自分の子どもを残せるかは、環境と偶然によって決められる。別の言い方をするなら、個々の生物種は多様な遺伝的変異を抱えており、自然界ではそうした個体のすべてが同数の子孫を残せるわけではなく、生息環境に適応した個体ほど多くの子孫を残せる可能性が高い。これが、ダーウィンが提唱した自然淘汰(選択)説の骨子である。

 

2.2.7 多様性が生み出された謎

長い歴史の中で新しい生物が続々と進化してきたが、遺伝子のレベルではその共通性が極めて高い。この事実を最初に強く印象づけたのが、各種生物の体の形成において、どの遺伝子がどこで働くかを決めるという重要な働きをする遺伝子群の発見だった。昆虫、線虫、ウニ、エビ、カエル、魚、鳥、哺乳類、そしてなんと植物からも、ほとんど同じその遺伝子群が見つかっているのだ。このことからも、生物は共通の祖先から進化してきたことが改めて確認できる。

では、共通の遺伝子を持ちながら、種類ごとに生物の形が異なっているのはなぜなのだろう。それは、体の各部分を作る遺伝子とそれを働かせる遺伝子は共通していても、どの遺伝子をどこでどのように働かせるかという組み合わせは生物の種類ごとに異なっているからである。その組み合わせを違えることで、無数にも近い組み合わせが生み出されているのだ。進化は、ありあわせの部品を一部改変したり増築したりしながら使い回すことで多種多様な生物を生み出してきたのである。

繰り返すが、自然淘汰が作用する下では、生息環境に適応した個体ほど、可能性として多くの子孫を残せる。しかし、大規模な環境変動に際しては、それまでに築いてきた適応など何の意味も持たない。生物の歴史では、とてつもない規模の大量絶滅が少なくとも5回は起きてきた。前述した、2億5000万年前のペルム紀の終わりに起きた大量絶滅では海に住む生物種の96 %が絶滅したと言われている。また、6500万年前の白亜紀末の大量絶滅では、恐竜が一掃された。裏を返せば、進化とは絶滅の歴史でもあるのだ。そうした大量絶滅を生き残れるかどうかは偶然しだいである部分が多い。

ダーウィンは、自然淘汰の原理を提唱しただけでなく、進化とは枝分かれであることを正しく指摘した。生物は、木の枝が分かれるように種の数を増やしてきた。いったん分かれた枝は、別々の方向に進み、さらに枝分かれを繰り返すものもあれば、子孫を残さないまま枯れ落ちるものもある。

現在、ヒトにもっとも近い生物はチンパンジーである。ヒトの系統とチンパンジーの系統は、およそ500万年前に共通の枝から分かれ、異なる進化を遂げてきた。したがって、共通点は多いが異なる点も多い。よく、ヒトの祖先はサルだったという言い方がされるが、厳密に言えばこれは正しくない。正しくは、ヒトとサルは近い祖先が共通していると言うべきなのだ。分かれた枝が再び交わることはないように、チンパンジーが進化するとやがてヒトになるということもありえない。単に別の新しい種類が生まれるだけである。

現在の地球では、新しい種類を生む進化よりも絶滅の方がたくさん起こっている。人間による環境破壊のせいである。この絶滅は、過去5回の大量絶滅のペースをも上回るほどのスピードで進んでいる。一度失われた生物種は、二度と戻らない。今を生きるわれわれは、そのことをよく考え、地球環境の保全に努めるべきである。

 

[1] フロンガスなどによってオゾン層が破壊されてオゾンホールが発生すると、強い紫外線が地上に降り注ぐため、皮膚ガンが多発する危険がある。

[2] この学説から「核の冬」という理論が生まれた。これは、万が一に地球の各地で核戦争が勃発すれば、巨大な隕石が衝突したときと同じような環境変動が発生し、地球全体が闇に覆われて寒冷化しうるという説である。地球の歴史に学ぶことは、核兵器廃絶を訴える有力な理由ともなるのだ。