2.3 細胞の成り立ち

全ての生物は「細胞」と呼ばれる小さな単位から作られている。このことは、顕微鏡が作られ、改良されて、細かい構造を観察できるようになったことから、英国の物理学者ロバート・フックを初めとする研究者たちによって明らかにされた。細胞の形、大きさ、働きなどは、生物の種類や組織などによって極めて多様であり、内部の構造も様々である。しかし、細胞の基本構造と基本的な働きは、どんな細胞でもよく似ている。最も基本的な類似点は、次の2点である。

① 外界から栄養やエネルギーをとり入れて成長・増殖する。

② 特定の遺伝情報をDNAの形でその中に保持している。

細胞の基本的な構造と働きを知ることで、生物の生命活動の基本を知ることができ、さらには生物がたどって来た進化の過程を推測することもできる。

 

2.3.1 細胞の構造

(1)原核細胞と真核細胞

細胞は、その進化の過程で、自分自身の形や働きを決めるための設計図である遺伝物質DNAを安全に維持し、複製するために、核と呼ばれる特別な構造を作り上げてきた。現存の生物を形作る細胞は、この核の有無で「原核細胞」と「真核細胞」とに分類される。

原核細胞は核のような構造は持たないが、その遺伝物質はバラバラに存在するわけではなく、タンパク質と結合して、まとまった核様体として、細胞質中に存在する。細胞骨格(後述)は存在せず、細胞の呼吸をつかさどる酵素は細胞膜に局在している。それに比して、真核細胞では、遺伝物質は種々のタンパク質と結合し、高次な構造である染色体を作っている。また細胞質中には、細胞骨格が張り巡らされており、細胞の呼吸をつかさどる酵素群は、ミトコンドリアと呼ばれる構造体の膜に存在して、秩序正しく働いている。図1にそれぞれの模式図を示す。

(2)生体膜

細胞を電子顕微鏡で観察すると、多くの膜状構造からできていることが分かる。それらの膜を生体膜と呼び、その基本的な構造は、脂質分子からなる二重層である。その二重層に、種々のタンパク質などが埋め込まれて、物質の透過、認識と受容、触媒作用など、様々な細胞の活動を担っている。埋め込まれたタンパク質は、一定の場所にじっとしているわけではなく、脂質二重層の中を動き回って、細胞が外界との情報交換を行う上でも、重要な役割を果たしている。

生体膜には、細胞を外界から隔てている細胞膜のほかに、真核細胞では、核の内容物を取り巻いて他の部分から独立させている核膜や、ミトコンドリア、葉緑体、小胞体、ゴルジ体、リソソーム、ペルオキシソームなどの小器官を取り巻く膜がある。細胞膜は、細胞の独立性を維持する働きをもち、同時に、外界からの刺激や情報を受けとって、細胞内に伝える機能と構造を持っている。細胞外からの情報に反応することで、細胞は環境に対応することができるようになり、また、近隣の細胞とも相互に働きあうことができるようになっている。

図1 細胞の模式図(動物細胞と植物細胞)

それらの膜で仕切られることによって、細胞内に含まれる種々の物質、すなわち、生命を維持するために必須な核酸(DNAとRNA)やタンパク質などの大きな分子(高分子)、種々の化学反応に必要な小さな分子(低分子)の分布や濃度が一定に保たれ、種々の反応に用いられる物質が拡散することや、不要なものが混じり合うことが阻止されている。

(3)細胞骨格

細胞内には、微小管、中間径フィラメント、ミクロフィラメントと呼ばれる繊維状の構造が張り巡らされている。これらの構造が細胞の形を保ち、運動などの働きをサポートすることから、「細胞骨格」と呼ばれるようになった。

それぞれの繊維状構造は、異なるタンパク質から作られていて、それぞれが特別な働きを持っている。微小管は、チューブリンと呼ばれるタンパク質から構成され、これが結びついて長い繊維状になったり、結びつきが切られて短い繊維となったりすることで、種々の機能が調節されている。微小管には、チューブリン以外にも、多様なタンパク質(微小管結合タンパク質)が結合していて、それらのタンパク質の働きで、細胞の移動や、細胞分裂における染色体の分離と移動、細胞内の物質の輸送など、多様な機能が調節されている。ミクロフィラメントは、筋肉を作っているのと同じアクチンと呼ばれるタンパク質からできていて、これも、細胞の形の維持や、移動や伸展、細胞分裂の際に細胞質を二つにくびり切る収縮環の形成など、細胞の活動に重要な役割を果たしている。中間径フィラメントは、多彩なタンパク質からできており、微小管と相互作用して、細胞の形態形成や維持に働いていると考えられている。

(4)核とオルガネラ(細胞小器官)

核は、遺伝物質(DNA)を含む膜状の構造体で、普通は細胞に1個含まれるが、複数の核を持つ細胞(軟骨細胞、肝細胞など)や多核の細胞(骨格筋細胞、血小板のもととなる巨核球など)も存在する。核の中では、遺伝情報を伝達するための物質であるDNAやRNAが合成される。極めて大きな分子であるDNAに書き込まれている遺伝情報が、その単位(遺伝子)ごとに短いmRNAに写し取られて、それが、核膜につくられている特別な孔(核膜孔)を通り抜けて、タンパク質の合成工場であるリボソームに運ばれる。核は、遺伝物質を安定に格納し、効率よく合成を行うために特殊化された構造であるが、原始細胞が地球上に誕生してから進化する過程において、この特殊な構造が作られるまでに、20億年以上もの時間が必要であったと考えられている。

核内にも、主としてラミンと呼ばれるタンパク質から作られた核マトリックスと呼ばれる骨格構造があることが分かっている。これは、核の構造を維持し、核マトリックスを足場として、DNA複製(DNA→DNA)、転写(DNA→RNA)など、遺伝情報を伝達するための反応が起こる。

真核細胞の細胞質内に存在する様々な構造体をオルガネラ(細胞小器官)と呼び(図1参照、表2)、これらはいずれも、細胞が生きていくために必要不可欠な働きをしている。

なお、葉緑体は、植物で特異的に見られる構造であり、ここで植物は光のエネルギーを使って、水と二酸化炭素からブドウ糖を作っている(この反応を光合成とよぶ)。葉緑体は、ミトコンドリアと同様に、元々は独立した原核細胞であったものが、進化の過程で他の細胞中に住み着いて、共生を続けているうちにその細胞小器官となったものと考えられている。

表2 真核細胞の主な細胞小器官

 

2.3.2 細胞周期と細胞分裂

生物が成長する際や、子孫を残す際には、細胞が分裂して数を増やす。染色体が二つの新しい細胞(娘細胞)に配分される核分裂は、動物でも植物でも同様な様式で起こるが、細胞質分裂の様式は異なっている。動物細胞では、収縮環と呼ばれるアクチン繊維の束が形成されて細胞質を真ん中でくびり切り、植物細胞では、細胞質の中央に細胞膜の構成成分からなる細胞板が形成されて、二つの娘細胞の間に隔壁が作られる。体を構成する細胞と、生殖細胞が作られる際の分裂は、様式が異なり、前者を体細胞分裂、後者を減数分裂と呼ぶ。減数分裂では、その名のとおり、分裂の前後でDNA量が半減する。これは、雌雄の生殖細胞が受精などによって結合し、その中で新しい遺伝物質の組み合わせを作る上で重要な過程である。新しい遺伝物質の組み合わせが作られることで、親細胞とは異なる新しい性質が生まれ、それが生物の生育に新たな可能性を生じさせる。

細胞が分裂して増殖する際に、分裂を開始してから次の分裂を開始するまでを細胞周期と呼ぶ。細胞周期は、図2に示すように、M期(分裂期)、S期(DNA合成期)、M期とS期の間のG1期、S期とM期の間のG2期に分けられ、細胞はこの周期を整然と回っている。顕微鏡観察で、変化が観察されるのは、M期だけである。細胞周期が正常に回るためには、種々の特別なタンパク質が関与した、精巧な調節のメカニズムが働いている。なお、分裂をしないことが知られている神経細胞は、細胞周期を回らずに、G1期で分裂を停止している。この状態をG0期と呼んでいる。

図2 細胞周期

 

2.3.3 DNA複製と修復のメカニズム

細胞分裂によって、細胞が増殖する過程では、遺伝情報が正確に複製されなければならない。そして複製された遺伝情報(DNA)は、核分裂の過程で、等しく二つの娘細胞に分配される。

DNA複製とは、DNAの二重らせん鎖の一方を鋳型として、相補的なDNA鎖が作られることで、その細胞の遺伝情報が、正確に次の世代へと伝達される巧妙な仕組みである。すなわち、元のDNA鎖の二重らせんがほどかれて、それぞれが鋳型となって新たな鎖が合成されるので、元の二重鎖の半分を保存した形で、新たに2本の二重らせんが複製されることになる。この複製様式は、放射性同位体を用いた実験で明らかにされた。

DNA複製は極めて厳密に行われるが、まれに誤りが生じる場合があり、また、紫外線、放射線、ある種の化学物質などによって、DNAに傷が入る場合がある。DNA鎖の誤りや傷がそのまま放置されると、細胞に突然変異が引き起こされ、細胞の増殖の調節が正常に行われなくなって、細胞はがん化する。細胞は自分自身を守るために、誤って作られた鎖を修復したり、傷を治したりする機構を備えており、その過程では、修復酵素群と呼ばれる様々なタンパク質が働いている。

 

2.3.4 染色体の構造と複製

真核細胞では、遺伝子DNAは種々のタンパク質と複合体を形成して、染色体と呼ばれる構造体を作っている。染色体は、直径約10 nmの小さな球が細い繊維で連結された構造をとっている。小球は、ヒストンと呼ばれるタンパク質からできて、コアを作っており、そこにDNAが巻きついてヌクレオソームと呼ばれる構造を形成している(図3)。ヒトの場合、それぞれの細胞に含まれているDNAには、およそ22,000の遺伝子が書き込まれており、それらが23対(46本)の染色体に分けられて存在している。性染色体(X染色体とY染色体)以外の、対を成す染色体には、同じ遺伝子が載っており、対をなす染色体を、相同染色体と呼ぶ。

図3 染色体の構造

普段、細胞内のDNAは伸びた形(染色糸あるいはクロマチンと呼ぶ)で核内に分散しているが、細胞分裂が開始されると、核内で凝縮してヌクレオソームが密に連なった構造をとる。顕微鏡観察で、細胞分裂前期になると染色体が見えるようになるのは、このためである。

染色体を作るDNAは、S期において複製されて2倍に増え、その後の細胞分裂に備える。従って細胞分裂によって細胞が二分されても、それぞれの娘細胞に含まれるDNA量と染色体数は分裂の前後で変化しない。

 

2.3.5 遺伝情報発現機構

細胞はその遺伝子DNA上に書き込まれている遺伝情報に従って、タンパク質を合成する。その際には、いつ、どこで、どんなタンパク質が作られるかが、極めて厳密に調節されている。

膨大なDNAの遺伝情報から、そのときの細胞の働きや変化のために必要とされるタンパク質に対応する遺伝子だけが、短いメッセンジャーRNA(mRNA)としてコピーされる。そして、そのコピーが、核膜孔を通ってリボソームへと運ばれ、そこで、mRNAが持っている情報に基づいて、必要とされているタンパク質が合成される。このことを、遺伝子発現という。

真核細胞では、核内に存在する遺伝子DNAを鋳型として、RNAポリメラーゼの働きでmRNAが合成される。mRNAは核膜孔を通過して、細胞質中に出て行き、細胞質基質に存在するリボソーム上でmRNAの塩基配列情報がアミノ酸配列に置き換えられ、タンパク質が作られる。このとき作られるタンパク質には、生物の体を作る材料となるものと、種々の化学反応に必要な酵素がある。酵素が、いつ、どこで、どのような化学反応を触媒するかによって、細胞の形や働きが決定されることになる。

 

2.3.6 RNAワールド

現在の生物界では、DNAが遺伝物質として遺伝情報を担い、また、タンパク質が種々の生理作用を担っている。RNAは、長く、それらの働きを補助するものと考えられてきた。しかし、原始細胞の時代には、RNAが遺伝情報の担い手として働いていたとする説が提唱され、多くの証拠が示されてきている。遥か遠い昔の地球上には、DNAではなくRNAを中心とした生命体の世界があったと考えられ、その世界をRNAワールドと呼んでいる。

RNAは、DNAほど安定ではないが、その中に遺伝情報を書き込んで保存することが可能であり、また、タンパク質のように触媒作用を示す場合もある。触媒作用を持つ、酵素のようなRNAをリボザイムと呼ぶ。

これまで、DNAに極めて多くの遺伝子以外の配列が存在することが知られており、それらはジャンク(ごみ)と呼ばれてきた。しかし現在、それらの塩基配列から作られる短いRNAに、転写調節、mRNAの分解、翻訳の抑制など、種々の作用があることが分かってきて、RNAが細胞の働きを調節する上で、重要な役割を果たす分子であることが再確認された。

 

2.3.7 アポトーシス

生物の体を作っている細胞が老化したり傷ついたりすると、そのまま体の中に残ることは好ましくない。細胞中には、除去したい細胞を積極的に死なせる機構が存在し、そのような死に方をアポトーシスと呼ぶ。アポトーシスを起こしつつある細胞では、細胞膜や細胞小器官は比較的正常であるが、DNA分解酵素が合成され、核に存在するDNAを短く切断する。それに続いて、細胞が断片化し、膜に包まれた小胞となって、近隣の細胞に取り込まれ、その中で消化されてしまう。

細胞の損傷などによって急激に引き起こされる消極的な死に方をネクローシス(壊死)と呼ぶ。この場合は、アポトーシスのような変化は認められず、細胞を構成する物質が細胞外に撒き散らされ、周囲の組織や細胞にダメージを与える結果となる。したがって、アポトーシスは、周囲に迷惑を与えずに、自らを死に至らしめる方法である。

生物が発生する過程で、アポトーシスは重要な意味を持つ。神経細胞は、発生初期に多量に作られ、後に余分な細胞が不要となって、アポトーシスによって間引きされる。また、手足の発生の過程で、最初はミットのような手足が作られ、それから指の間の細胞が脱落することが分かっており、これも、アポトーシスの重要な働きである。最初から指ができていては、発生の途中で、小さな指は折れてしまうかもしれないので、よくできた仕組みであるといえよう。

また、免疫系で中心的な役割を果たすリンパ球の一種であるT細胞は、骨髄で作られて胸腺という器官に入り、そこで成熟するが、その際、自分自身を攻撃してしまうような、不適当な性質を持ったT細胞ができてしまうと、それを除去するためにアポトーシスの機構が働く。これは、自己免疫疾患を防ぐ仕組みである。

 

2.3.8 細胞の老化とがん化

生物は、個体として老化し、死を迎えるが、細胞も老化することが知られており、老化した細胞は分裂できず死に至る。多細胞生物は、その体を作っている細胞の分裂と死の繰り返しによって維持されており、細胞が老化し、死ぬことは、生物個体をバランスよく生かすために必要な現象である。

細胞の老化と死のメカニズムについては、「プログラム説」と「エラー説」が提唱されている。前者は、遺伝子DNAに書き込まれているプログラムに従って細胞が老化するという説で、後者は、細胞が分裂・増殖を繰り返す間にDNAに複製の間違いや傷が作られ、それが細胞の老化と死を引き起こすという説である。現在、種々の研究から、細胞の老化は、その両方がない交ぜになって起こることが分かっている。

遺伝的に異常に早く老化してしまう病気が知られている。ウェルナー症候群がその代表例で、患者の細胞を培養すると正常人の細胞の約2分の1の寿命しかない。最近、DNA複製に関わる酵素が正常に働かないことが、その原因であることが分かった。この酵素の遺伝子に異常が生じて、DNAの複製が正常に進まないこと、また、DNAにできた傷が正常に修復できないことが、極めて速い老化を引き起こす原因である。

がんは、細胞の増殖の調節がうまく働かなくなって、過剰に増殖した細胞が塊を作ったものである。がんの発生には、細胞にがん化を引き起こす発がん因子(ある種の化学物質、放射線、ウイルスなど)が関与しており、細胞の増殖に関わる遺伝子に異常を引き起こしてしまう。それら増殖に関わる遺伝子は、普段は互いにバランスをとって、正常に働いているが、発がん因子の働きによって、変異が生じ、バランスが崩れて、がん化のスイッチが入ってしまう結果となる。そして、がん化した細胞は、無制限に増殖して病巣を作り、それが周囲の細胞や組織から養分を奪ったり、毒素を産生してダメージを与えたりして、最悪な場合には、生物体を死に至らしめることになる。

 

2.3.9 情報伝達

細胞は、細胞外や近隣の細胞からの情報を受け取って、それを細胞内に伝達する仕組みを備えている。自分自身の置かれている環境に応じて、種々の活動と化学反応を変化させて、自分自身の生命を守っている。これは、細胞が長い進化の歴史の中で獲得してきたメカニズムである。

外部からの情報は、先ず、その情報に対して特異的に反応する受容体(レセプター)によって、認識される。情報を受け取った受容体は活性化されて、それに引き続いて、種々の情報伝達経路(シグナル伝達経路)が働く。そして、外部からの情報を、細胞内の種々の情報伝達分子(cAMPなどの環状ヌクレオチド、リン脂質、プロテインキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)、プロテインホスファターゼ(タンパク質脱リン酸化酵素)など)へと伝えて、次の反応につなげていく。そして、細胞の応答反応の最終的な実行役であるタンパク質の発現や活性化を引き起こす。

情報伝達機構において重要な役割を担っている受容体タンパク質は、前に述べた細胞膜に存在するもののほかに、細胞質や核内に存在するものがある。それらも、様々な情報を特異的に受け取り、正確に伝達して、細胞に、目的にあった応答を引き起こさせる。がん細胞では、受容体タンパク質が変異を起こしている場合が多く、その結果として細胞分裂の制御に異常が生じ、細胞が無制限に増殖するようになってしまっている。

単細胞生物では、環境の変化が、生物そのものに種々の変化を引き起こすが、多細胞生物では、環境変化に対応して、それぞれの細胞で種々の生理活性変化が起こり、生物体を構成している細胞の間で、情報伝達が行われる。それらの伝達の過程で、ホルモン、増殖因子、神経伝達物質など、種々の物質が働いている。

 

2.3.10 幹細胞

細胞が盛んに分裂している組織には、幹細胞(ステムセル)と呼ばれる細胞が存在している。例えば、皮膚、小腸、精巣などは常に新しい細胞に入れ替わっている組織で、それぞれに存在する幹細胞が分裂を繰り返して、新しい細胞を補っている。骨髄には、造血幹細胞が存在しており、赤血球、血小板、白血球などの血球細胞を作っている。

発生初期の胚から細胞を取り出して培養し、胚性幹細胞を作ることができる。これは、多能性を持つ細胞で、薬剤などで種々の役割を持つ細胞へと分化させることが可能な細胞である。この性質を利用して、幹細胞を再生医療へ応用することが考えられているが、将来個体として生まれることが可能な発生初期の胚を損なうことから、倫理上の問題が問われており、現在、その利用について多方面からの議論がなされている。

成体から取り出した幹細胞を利用したり、分化した細胞を処理して多能性を持つものに変化させたりすることができれば、自分自身の損傷部位を自分自身の細胞で補うことができるので、理想的な再生医療が実現できると考えられている。最近、分化した細胞にある種の遺伝子を組み込むことで、幹細胞様の細胞を作り出す実験の成功が報告されており、自分自身の細胞から幹細胞様の多能性を持つ細胞を作り出し、それを治療に用いようとする方法の開発を目指した研究が推進されつつある。

 

【コラム1】遺伝子を持たない病原体プリオン

近年、BSE(狂牛病)の病原体として話題になっているプリオンは、ウイルスの約1/100程度の大きさを持つタンパク質の粒子である。これは、動物の脳や脊髄などの中枢神経に障害を引き起こす病原体として発見されたが、これまで知られている他の病原体に当然のこととして含まれているDNAやRNAといった遺伝物質を、全く含んでいない。プリオンが関係する疾患はプリオン病と呼ばれるが、動物で分かっているウシのBSE、ヒツジやヤギのスクレイピーなどのほかに、ヒトでも、クロイツフェルト・ヤコブ病やクールー病が知られている。いずれも中枢神経が侵され、破壊されて、死に至る病気で、感染性もある。

プリオンは、元来、生体中に存在するタンパク質であり、神経細胞で合成されて、その細胞表面に存在する。プリオンの正常細胞での働きは、まだ解明されていないが、なんらかの原因で異常となったプリオンが感染すると、その周囲にある正常なプリオンを次々と変化させてしまって、プリオン病を起こすことが知られている。

一般に、構造が変化したタンパク質は、細胞中で分解されてしまうのだが、異常なプリオンタンパク質は分解を受けず、そのまま脳・神経に蓄積するため、中枢神経の破壊が起こると考えられている。