2.4 個体の成り立ち

2.4.1 個体を構成する要素

原核生物および真核生物において個体はそれぞれ原核細胞および真核細胞から成り立っている。特に、真核生物においては、それらの細胞が集まり、組織、器官、および器官系を作り、生物個体を構成しており、この個体の生命現象が基になって、生物界は成り立っている。個体維持のための主たる生命現象は生殖、発生、遺伝、それに免疫を含む恒常性の維持(ホメオスタシス)となろう。

 

2.4.2 生殖

生物が新しい個体を生み出すことを生殖といい、それは生物の生活環の中で捉えることができる。その方法には雌雄の性が関わる有性生殖と、性を伴わない無性生殖の二つが知られている。

無性生殖では卵や精子が生ずることなく、体細胞分裂によって殖えていく。このようにして殖えた個体は、ゲノムの全て(遺伝情報の全て)が親と同じであり、このような個体群をクローンという。クローンは生命科学の分野では応用面も広い。多くの場合分裂によって生じる新個体は同じ大きさであるが、分裂した一方がもとのものより小さい場合は出芽という。植物およびプラナリアなどは、個体を断片化すると、それぞれの断片が完全な成体に成長する。これは断片化によって失った体の部分の再生を意味する。無性生殖はすみやかに増殖できる利点があるが、ゲノムが均一なので病気など、環境の変化で絶滅する恐れもある。

図4 生殖の生活環[1]

 

一方、有性生殖は単相体(n)の雌性配偶子(卵子)と雄性配偶子(精子)が融合(受精)して複相体(2n)の接合子(受精卵)ができることによって新個体を作る方法である。一般的には図4のように3通りがあり、ヒトの場合は図5のようになる。受精と減数分裂が、生活環のどの時点で起るかについては生物種により固有である。

減数分裂は複雑で時間がかかるが、雌雄に由来する相同染色体の間で遺伝子の交換が起って親とは異なる遺伝子組成を持った卵と精子が生じ、また受精時にも両者の間でも両者の間で様々な組み合わせが生じることにより、子孫が環境の変化に対し生き残る可能性を高めている。

 

図5 ヒトの生活環[2]

 

2.4.3 発生・分化

発生は受精卵が細胞分裂(卵割)を繰り返し成体に至りさらには老化して自然死に至るまでの過程をいう。細胞分裂の過程の中でそれぞれの細胞は遺伝情報に基づき特殊化され(運命づけられ)、各器官で機能する細胞に分化して行く。その分化した細胞は、ある条件下では脱分化し、すべてのものに再分化する可能性があり、それを分化全能性と言っている。

発生・分化については古くギリシャ時代から考えられており、前成説と後成説として知られている。すなわち、前者は、卵または精子の頭部の中に親の雛形のようなものが入っており発生とはそれらが成長する過程であると考えた。一方、後者はニワトリの発生を肉眼で詳しく観察したギリシャ時代のアリストテレスに代表されるように、卵はもともと均質なもので発生につれて複雑な構造が生じてくるとした。17~18世紀にかけては前成説がその時代を風靡したが、19世紀に入ると前成説は影を潜め後成説が主流となっていく。

1924年にドイツのシュペーマンは種の異なるイモリの胚同士の間の部分移植実験により、移植された胚から二次胚が誘導され、発生分化がその細胞や組織の置かれた環境要因によって起こることを証明し、二次胚を誘導する能力を持った原口上唇部をオーガナイザーと名づけた。その後、世界の研究者達は細胞の予定運命を決定するこのような誘導物質の探究に昼夜を惜しまなかったが、長い間誰もこの物質を明らかにできなかった。

シュペーマンがオーガナイザーの発表を行ってから65年目の1989年に、日本の浅島誠が中胚葉を誘導する物質がアクチビンAであることを突き止めた。この研究では用いたアクチビンAの濃度勾配により各種器官が分化すること(低濃度の方から白血球、骨格筋、脊索、心臓など)から、その応用面は広く、現代医学で問題となっている臓器再生における多くの可能性を示唆している。

 

2.4.4 遺伝

生物は自分が属する生物種を産生する能力により識別され、羊は羊、スミレはスミレというように形質(かたちや性質)は決まっている。さらに、子孫は同種の遠縁の個体よりも、両親によく似ており、ある世代からある世代へのこのような形質の伝達を遺伝と言っている。

ただし有性生殖のところで述べたような仕組みにより、子の形質は両親や兄弟姉妹に似てはいるが、いくらか異なっている。人類は数千年にわたり自然界のこうした変化を注意深く見守り、望ましい形質を持つ植物を穀類、野菜、果実、果物などとして、また動物を家畜として育ててきた。このような種の類似性の変化を変異という。

(1)遺伝の法則

古来より、人類は人を含めた生物の類似性と相違性についての好奇心を抱いてきた。そのような中で、遺伝の法則を最初に見つけたのはメンデルである。彼はエンドウ豆を用い、種子が丸くて黄色であること、その反対の形質(対立形質)である皺が寄って緑色であることなど、この形質を決めている要因を要素と名づけた。後に、この要素はウイルヘルム・ヨハンセンによって「遺伝子」と命名される。

メンデルの遺伝の法則は、大きく見ると分離の法則と独立の法則によって表されるように、一対の対立遺伝子は別の配偶子に分離し、複数の対立遺伝子は互いに独立に配偶子に分配される。その時、第一代に現れる形質を優勢形質、現れない形質を劣勢形質としている。その後、メンデルの遺伝の法則はしばらく世間の人々には理解されなかったが、1900年ド・フリース、コレンス、チェルマクの3人によって、それぞれ独自に再発見された。

遺伝子の本体が何であるかという問いは続けられたが、最初は、当時の学問の主流であったヨーロッパではタンパク質が遺伝子の本体ではないかと考えた研究者が多かった。例えばウイルスの構成要素を見るとタンパク質が90%、核酸が10%という成分比であり、当時の学問では、占有する成分の割合の多い方が、生命現象をコントロールしているのではないかと推測された。その後、遺伝子は染色体上にあるというサットンの提案や、グリフス、アベリーらの肺炎双球菌の形質転換の実験から遺伝子の本体はDNAではないかという推論が生まれてきた。しかし、この当時でも依然としてタンパク質が遺伝子の本体であると考える研究者が多かった。その後ハーシーとチェスのT2ファージを用いたブレンダー実験やワトソンとクリックのDNAの二重らせんモデルとその半保存的な複製の提唱により、遺伝子本体のDNA説が研究者の間でも認められるようになり、現在のように「遺伝子の本体はDNAである」という事実となったのである(表3)。これらの事実を基に、この50年間に生命現象の解明は飛躍的に進歩した。

そして現在、ヒトの全ゲノムの解明により、人間の難病や生活習慣病を克服しようという努力が重ねられており、遺伝子レベルでのあらゆる生命現象の解明も進んでいる。またゲノムを中心とした生物の進化についての解明についても新しい試みがなされている。

その他、遺伝には致死遺伝子、複対立遺伝子、不完全優勢、伴性遺伝などの現象が知られている。

(2)変異

変異には環境変異と突然変異があるが、前者は個体変異であり遺伝しない。後者には染色体突然変異と遺伝子突然変異があり、いずれも次代に遺伝する。染色体突然変異には、染色体の数の変化と構造の変化がある。数の変化は倍数性、半数性、異数性があり、構造の変化は欠損、重複、逆位、転位、転座、付着、挿入などがある。遺伝子突然変異には塩基配列の変化が塩基の置換、欠失や付加によりコドンの読み枠(フレーム)がずれる場合がある。

(3)遺伝情報とその発現(形質発現の調節と形態形成)

ゲノムはそれぞれの生物に固有のものである(表4)が、生物の形態形成にはゲノムの遺伝子調節の仕組みが働いている。ヒト体細胞の染色体(2n)は46本(配偶子ではn = 23本)であり、ゲノムの大きさは約30億塩基対である。体の各器官のどこの細胞をとってもこの数に変りはない。そこにあるゲノム上の遺伝子も全て同じである。それなのに、頭、心臓、肺、胃、腸、肝臓、腎臓、皮膚、髪の毛、爪、手、足などいろいろな組織や器官ができて来るのは、各組織や器官にある遺伝子の発現が調節されているからである。

 

表3 遺伝法則の発見からヒトゲノムプロジェクトまでの道のり

ヒトのゲノムのうち遺伝子として実際に働いているのはその3%程度(遺伝子数で21,000)に過ぎない。その塩基対以外のDNAは何をしているのだろうか。それは今まで不明であったが、最近の研究により、この機能している遺伝子を発現するための調節遺伝子である転写因子を機能させるために働いていることが分ってきた。(2.3.6.参照)

 

表4 ゲノムの大きさ

その生物が持っている遺伝情報の総体をゲノムという。その大きさはDNAの塩基対(G-C、A-T)の数で表す。ゲノムという語は、遺伝子(Gen)と染色体(Chromosom)を意味するドイツ語から造語されたもの(Genom)で、英語ではGenomeと書く。

 

2.4.5 恒常性(ホメオスタシス)

ホメオスタシスについては動物と植物でそれぞれ異なる。動物の場合は、外部シグナルの刺激に対して感覚器官や神経細胞でそれぞれの電気信号に変換し、それを脳の中枢に送り、知覚し、そこから指令を受け応答するようになっている。

感覚器官では、視覚、聴覚、味覚、臭覚、皮膚の感覚などの受容体からシグナルが各器官のシナプシスに伝わり、脳に入力され、脳の統合野から中枢神経を通して、末梢神経に送られ運動出力となり、その結果行動として現れることになる(図6)。一方、神経系のうちで自律神経系には交感神経と副交感神経があり、互いにバランスを取って、生体の機能を維持している。

神経系とならんで、動物の内分泌系におけるホルモンの働きは重要であり、それぞれの生物の生命維持に関与し、代謝系のバランスを保っている。

図6 神経系による情報の進行[3]

植物の場合は動くことができないので、環境への適応は優れている。光、重力、温度、水、化学物質などに対する応答が知られており、光屈性、重力屈性、化学屈性などはよく知られている。また、植物ホルモンは植物の成長制御に対し、それぞれの目的に適った働きをしており、農業などへの応用面も広い。

 

2.4.6 免疫

免疫は生物の生体防御の一方法であり、自己と非自己を認識するシステムである。進化的には魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類に至るまであるが、哺乳類で最も発達している。抗原に対して抗体はリンパ球のB細胞で産生され、普通の免疫細胞と免疫記憶細胞ができる。後者は同じ抗原が再びやってきたときに応答して、それに対応する抗体を作り防御する(予防接種の原理)。マクロファージ(食細胞)に貪食された抗体に結合した抗原は、リンパ球で作られたT細胞に抗原提示され、キラーT細胞により抗原は完全に破壊される。この際、サイトカインは食細胞を活性化し、取り込んだ異物の破壊を助ける働きを持っている。

いかなる抗原に対しても抗体が対応できるメカニズムは、利根川進が分子生物学的手法により解明した。抗体はグロブリンタンパク質であり、L鎖とH鎖からできており、両方に可変部分が存在する。L鎖の可変部分の遺伝子は1500種類あり、H鎖の可変部分の遺伝子は3.6万種ある。両方を掛け合わせると5400万種類となり、これにより抗体がいかなる抗原にも対応できる仕組みを持っていることが分かる。利根川は1987年にノーベル賞、日本人で未だ唯一の医学・生理学賞を受賞した。

しかし、自然界にはエイズ、SARS、鳥ウイルス、プリオンなど人類がまだまだ対応できない抗原がたくさん潜んでいる。

 

【コラム2】エイズ

日本の高等学校の生物の教科書にはヒューマンバイオロジーが欠落しているが、先進諸外国(中国や韓国も)の教科書は全て、どの国も人体について詳しく述べている。それは高校生という精神的、肉体的に発達してくる段階で生徒自身の体を科学的に理解させることに重点が置かれている。例えば、米国の生物の教科書には、ヒトの健康維持、エイズ感染のメカニズム、喫煙と肺がん、向神経性薬物の脳にもたらす影響、アルコール中毒が胎児に与える影響などを科学的に説明し、「生物学」を学ぶことが如何に生徒達のこれからの生活に役立つかが具体的に書かれている。

さらに、先進主要国の中では日本だけが患者が急増している(特に若者の間で)エイズの問題についても、日本では、保健体育や家庭科で教えているが、これらの教科の先生はエイズのメカニズムを理解しているとは思われない。オランダの高校「生物」の教科書ではそのメカニズムを生物学で科学的に説明し(エイズの遺伝子はDNAではなくRNAであり、逆転写酵素によって複製されているということを教えて)、コンドームを使って感染を防ぐ方法まで具体的に生物の授業で教えているのである。

 

[1] 『キャンベル生物学』小林興監訳、丸善株式会社、2007、p.273

[2] 『キャンベル生物学』小林興監訳、丸善株式会社、2007、p.272

[3] 『キャンベル生物学』小林興監訳、丸善株式会社、2007、p.119