2.5 生物社会の成り立ち

2.5.1 生物社会とは

生物は自然界で様々な集合を作っているが、動物の集合に対しては「群れ」、バクテリアや菌類に対しては「コロニー」、植物に対しては「群落」などの用語が使われている。このような生物の集合を構成している同種個体間には、普通、なんらかの相互作用がある。また、動物では、一見、個体間の距離が離れていて相互に関係していないように見えても、におい、音、身振り、発光といった様々な手段(信号)で自らの位置を他個体に知らせ、相互に関係を持っている場合が多い。そこで、同じ地域に生息していて、潜在的に生殖可能な同種個体群を「生物社会」と見ることができる。

 

2.5.2 生物における社会生活の出発点としての有性生殖

生物個体は、その体の維持活動を行っているばかりでなく、子孫に自己の遺伝情報を伝える生殖活動を行なう。自己の配偶子(卵あるいは精子)と他者の配偶子を合体させて、新たな個体を作る場合を有性生殖という。前節で述べたように、生物社会というものを、同種個体間の相互作用によって形成されている集団と見るなら、有性生殖における新しい個体への遺伝情報の伝達は、他個体との関わりで行なわれているので、社会的な事象の出発点と言える。なお、無性生殖では、自己の体だけ、あるいは卵だけで個体が増えるので、自己の再生産であり、有性生殖のような他者と関わった社会の出発点にはならない。

普通の動物の場合は動けるので、必要性に応じて個体同士が接触したり、離れたりすることができる。孤独性が強く、普段は雌と雄がまったく離ればなれに暮らしているような動物でも、繁殖活動の時期になれば、雌雄が接近して求愛し、そして交尾する。また、動物においては、生まれた卵や子どもが確実に育つように(子孫に遺伝情報が確実に伝わる)、親が子どもの世話をする行動がよく見られる。このような求愛行動や親による子の世話行動は、社会性の萌芽といえる。

有性生殖をする生物では、繁殖活動を血縁の近い個体のみで交配(内交配)で行った場合には、遺伝的な劣化が起こることが多い。それを近交弱勢というが、それを避けるために、多くの生物では非血縁者と交配(外交配)するのが普通である。有性生殖でできた子どもの遺伝子構成は、両親由来の遺伝情報の混合であり、通常、両親と子どもの血縁度は2分の1である。このような遺伝情報の混合によって、有性生殖の集団では、遺伝子組成は多様となっている。他方、無性生殖で作られた子どもは、いわば自己の分身であって(クローンといわれる)、基本的には元の個体とは遺伝子構成が同じであり、その集団の遺伝子構成は一様である。

 

2.5.3 生物個体の社会関係

最も単純な社会関係は、同種の2個体で始まり、社会的な形質とは、少なくとも他の1個体に影響を及ぼすような形質のことである。このように考えると、生物における社会性とは、ことさら特別なことではない。実際の生物社会を構成しているメンバー間の関係に様々な発達段階があり、それらの関係の強さは、個体間の相互依存性、協同性、集合性などを尺度にして見ることができる。

今、ある個体が他個体に与える影響を考えると、それは利己的、利他的、相利的(協同的)、両損的の4種類に分けられる。動物の生殖活動において、通常の生物の有性生殖は、雌と雄の協同的(相利的)な作業である。なぜなら、その結果生じた子供には、両親からの遺伝子が伝達されているからである。

しかし、生物によっては、集団内の個体間の関係が、複雑な行動を介して行われ、結果として、個体間の利害得失が複雑になっているものがいる。特に社会性の動物たちでは、多数のメンバーの利他行動によって支えられた複雑な社会が形成されている。その進化は血縁選択によるものと言われている。例としては、ハチ、アリ、シロアリなどがあり、それらは社会性昆虫と言われている。それらでは、大集団を形成し、多数の不妊のヘルパー(ワーカーや兵隊)がごく少数の個体の生殖活動を助ける生殖分業を行っている。このように集団の構成メンバー間で、繁殖にたずさわる程度の偏りが大きいような動物においては、社会性が発達しているという見方もある。

なお、ヒトの集団では、生殖分業はほとんど見られないが、個体間の相互依存性、協同性、集合性のどれをとっても大変大きいので、社会性が大きく発達していると言える。

 

2.5.4 異種個体間の利害得失

異種の生物間では、一方的な利他行動は発達し得ない。なぜなら、他種に全面的に奉仕するのみでは、自らの子孫を残せず滅んでしまうからである。異種の個体間での関係の多くは、競争、捕食、寄生などの関係である。このような一対一の関係は、その程度が強いと一方が他方の種を滅ぼしてしまう。しかし、そのような種間関係に対して、別種との関係が加わったり、生息環境の変動があれば、種間関係の程度は緩和されている。種間の相利的な関係は「共生」であり、自然界で動物同士、動物と植物、動物と微生物、植物と微生物などの間で多く見られている。例えば、昆虫類などでは、微生物との共生関係が普遍的に見られ、消化共生、栄養共生、防衛共生、発光共生などでは、共生微生物の働きが多大である。多くの場合共生微生物は、昆虫の体内(細胞内)に生息している内部共生である。

 

2.5.5 人間と他の生物との共生

人間は文明を獲得することで、その個体数を膨大に増やし、地球上の他の生物を大きく圧迫してきた。人間のおかげで増えた生物は、人間の手によって改変された栽培植物や家畜などであり、また、害虫や雑草と言われるごく一部の生物たちである。今や、地球上で人間の影響のない地域はごく限られている。また、熱帯域では、熱帯森林を伐採し、農地や牧場を拡大することで、多大な種数の生物が減少においやられ、また絶滅していっている。このような現状において、自然界における生物社会の成り立ちのメカニズムをもっとしっかりと理解することが大事である。そのためには、それぞれの生物たちは長い進化の歴史の中に由来しているものであり、「ひとたび失われた生物は二度とよみがえらない」ということを深く考える必要がある。生物の進化に対する畏敬の念は、現代人に最も必要な素養であると思われる。