3.3 学習と教育 -非遺伝情報の継承-

3.3.1 ヒトが獲得した文化伝達手段 -教育-

生物としてのヒト(Home sapiens)は、地球上のあらゆる生物同様、遺伝子(DNA)の情報を活用しながら、タンパク質という機能素子を用いて生命活動を維持している。また身体の構造は多くの脊椎動物と共通しており、その基本的な機能もまた多くの共通点を持っている。このようにヒトは、生物としての一様性(共通性)を示しつつも、同時にヒト固有の特性も発達させてきた。その大きな理由(原因)が脳(大脳)の発達にあることは明らかである。このことによってヒトは、環境によりよく適応する手段を発明し、地球上にその生存範囲を拡張し、個体群サイズを拡大してきた。

アフリカでヒトの祖先とチンパンジーやボノボの祖先が分岐し、直立二足歩行を始めたのは約700万年前であるが、250万年前頃には脳の大型化(体に対する脳の相対的な大きさの増加)と石器の作製が始まりホモ属の出現となった。その一部は約180万年前にユーラシア大陸に進出し、160万年前頃には東アジアに到達している。火の使用は約80万年前に遡り、積極的な狩猟は少なくとも40万年前には始まっていたが、アフリカでヒトが誕生したのは約20万年前に過ぎない。ヒトは恐らく7万5千年前頃にはシンボルを扱い抽象的な思考をする能力を獲得し、音声言語の使用も始めたようである。知性の獲得である。4万年から3万年前には、彫刻、絵画、音楽(楽器の製作)も始まっている。ヒトの一部は10万年ほど前にアフリカを出発し、歩き歩いてユーラシア大陸からベーリング陸橋(当時は氷期で海水面が下がり現在のベーリング海峡は陸続きであった)を経てアメリカ大陸に入り、約1万3千年前には南米の深南部にまで達している。この長い旅は新たな獲物を求めてのことであったろうと言われているが、ヒトが侵入すると、ほぼ時を同じくしてその土地にいた大型の哺乳類や大型の飛べない鳥が激減・絶滅している。人間による狩猟と、気候の変動とが重なってのことであろうが、ヒトは行った先々でこれらの動物を食い尽くしてはさらに新天地を求めて移動したのであろう。約1万年前には本格的な農耕が中東や中国などで始まり、農耕に適した大河の流域には多くの人が集まって文明が栄えた。また、農耕の開始とほぼ並行して、人間は動物を飼い慣らして家畜にする術も手に入れた。(3.4.1.参照)

知性の獲得と文明社会の形成は、発達した脳がもたらしたものである。ヒトの脳は体重が同じ他の霊長類の約6倍の大きさがある。また、重量の上では体の約2%であるが、エネルギー消費の上では20-25%に達する。この値は、他の霊長類では8-10%、多くの哺乳類では3-5%程度に過ぎない。このように大型で活発に働く脳は、知性を初め他の動物には見られないいくつかの特徴をもたらした。そのことを象徴するのが、ヒトの優れた学習能力に支えられた、体外への情報の蓄積および時間・空間の制約を越えたその共有である。このような意味で、ヒトは原核生物、真核生物、多細胞生物に続く第四の生物であると言えよう。

さて、このように地球上で急速な発展を遂げてきたヒトは、増大する情報を共有し、利用するために、獲得した知識や技術、思考の方法、価値などの文化を、体系的に後生に伝える方法を見いだした。それが「教育」と呼ばれる体系的・系統的な文化伝達様式である。経験に基づき行動様式を変更する能力、すなわち学習する能力を持った動物は少なくないが、次世代を積極的に教育するのはヒトだけである。教育は恐らく母子間にはじまり、徐々に広がって社会として組織的に行うに到ったものであろう。組織的な教育も、古代ギリシャのソクラテスにおける問答法に見られるように、当初は一対一の形態の中でそれは行われた。しかしながら、社会が発展し、複雑化するのに伴って、伝達すべき知識や考え方の量が増大し、効率的にこれを行う必要が生じてきた。ここに学校教育制度が確立し、長い時間の流れの中で蓄積してきた文化遺産(学習成果)を飛躍的に次代に伝える方法を獲得したわけである。このことによって第四の生物ヒトは、地球上でさらなる飛躍を遂げることとなる。